経営者の視点から見た生成AI

海外事例をもとに、生成AIがビジネスにもたらす価値、スケーラビリティの難しさ、経営者が取るべき実践的な打ち手を整理する。

最近、日経が開催したイベントに登壇しました。海外の事例を紹介しながら、生成AIがビジネスにどんな価値をもたらすかについてお話ししました。

久しぶりの日本語での発表は少し緊張しましたが、日本の経営者の方々に、海外で得られた洞察を共有できて嬉しかったです。

このブログ投稿は、日本語で話した内容をまとめたものです。お役に立てると幸いです。

経営者はなぜ生成AIに注目するべきか?

2022年にChatGPTが登場し、ものすごい勢いで話題になりました。例えば、1週間で100万人のユーザーを超え、2か月で1億人のユーザーを達成しました。

これはすごいぞ、と思った人は多かったはずです。私もそう思いました。

しかし、AIの一足飛びのような離れ技にも見えるものの、私が30年ほどAIと関わってきた立場から見ると、生成AIは日進月歩で成長してきたAI技術の延長線上にあると思います。

生成AIは、データ量と処理能力の増加の産物でもありますが、自然言語を巧みに扱えるうえに、基盤モデルとしての役割も果たせます。

簡単に言えば、基盤モデルとは汎用できるAIです。今までは、解きたい問題ごとに専用のAIを作る必要がありました。基盤モデルを使えば、既存のAIを幅広く、早く、安く応用できるようになります。これは素晴らしい進歩です。

経営者に対して、これ以上技術の話をする必要はあまりないかもしれません。もちろん、技術が大好きな方であれば、もっと話したいところです。しかし、技術は価値を生まなければ面白くありません。価値をもたらさなければ、技術の存在意義は薄くなります。

毎日のように、メディアでは生成AIについての記事やレポートが出されています。そして価値論がかなり幅を利かせています。例えば、ゴールドマン・サックスは、生成AIが10年以内に世界のGDPを7%成長させると見積もっています。

生成AIにはどんな価値があるか?どこまで実現できたか?

海外では、数百以上の生成AIの導入事例を見てきました。さまざまな生成AIの取り組みを俯瞰すると、ビジネス価値の実現には主に5つの種類があります。

1. 会社の収益モデルを変革する

1つ目は、会社の収益モデルのトランスフォーメーションを活性化することです。これはかなり珍しいケースですが、データや情報を扱っている会社にとっては非常に有力な打ち手です。

例えば、アメリカのある金融データプロバイダーであるA社が参考になります。A社は格付けやESG情報など、さまざまな判断に使われる情報を幅広く、さまざまな業界に提供しています。

A社の幹部の狙いは、組織横断的に生成AIを応用することです。特にA社の製品は情報そのものです。だからこそ、収益モデルは生成AIに影響されやすく、幹部はそれを諸刃の剣として意識しています。脅威と商機の両面を、生成AI戦略に綿密に織り込んでいます。

生成AIを使って、顧客に提供するデータから、より付加価値の高い洞察を提供し、差別化要因を高める。データや洞察を単に顧客に渡すよりも、顧客企業のビジネスプロセスに折り込むことで、さらなる付加価値を実現し、顧客がサービスにより定着するように誘導できます。

例えば、購買プロセスにデータを密に織り込んで、より適切な判断を支援する情報や洞察を適宜提供することができます。

競争環境の厳しいデータプロバイダーの業界では、生成AIに本腰を入れる必要があります。A社が社運を賭けて生成AIを導入していると言っても、決して大げさではありません。

2. お客様とのやりとりを改善する

2つ目は、お客様とのやりとりを改善することです。さまざまな使い方が存在します。例えば、接客している社員の支援ツールを強化する、顧客の意見や態度をより綿密に把握する、そしてお客様とのやりとりそのものを生成AIに任せる、といった使い方です。可能性はほとんど無限にあります。

例えば、あるグローバルのエレクトロニクス会社であるB社は、顧客とのやりとりに生成AIを導入しようとしています。B社の業務内容は幅広いものの、主に家電と半導体を作っている会社です。

B社は生成AIを非常に積極的に導入しようとしています。まず、A社と同じく、組織横断的に導入することが目的でした。生成AIの価値を最大限に享受し、部分最適を避けたいという狙いがありました。

まずは、生成AIの最も有力な20ほどの取り組みを定義し、POCを実行します。B社は、いわゆるPOC祭りを避けるためにガバナンスを強化し、目指すべき未来像についてあらかじめ社内で意思疎通を図りました。

POCの実行は、しっかりしたプロセスに基づいています。取り組みを小さく産んで大きく育てる。まずはPOC、つまりプルーフ・オブ・コンセプトで、ワークするかどうかを確かめる。次にPOV、つまりプルーフ・オブ・バリューで、価値があるかどうかを確認する。最後にPOS、つまりプルーフ・オブ・スケールで、拡大できるかどうかを確かめてから社内に展開する。

B社の社内でかなり注目を集めている取り組みが、顧客の購買プロセスの改善です。特に家電を買う時に、消費者がチャット形式で買いたい商品を書き、チャットボットが次々と適切な商品とアクセサリーを提案する取り組みです。

B社の生成AI戦略には、ほかにも特徴がありました。

まず、市販モデルをできるだけ避けたいという狙いがありました。自社独自の基盤モデルを作ることで、運用コストを抑え、機密情報を守り、差別化要因を最大限に実現しようとしています。

最後に、組織やスキルが妨げになることを懸念し、生成AIの専門部隊をあらかじめ作っています。生成AIのシェアードサービスのような中央組織です。

B社は主に分散型の組織モデルを好む会社ですが、生成AIの成長を分散型モデルに委ねると、部分最適と重複のリスクが高まると考え、生成AI機能を中央化しました。B社は非常に目線の高い生成AIの取り組みを進めていると言えます。

3. 社内の決断プロセスに生成AIを応用する

3つ目は、社内のさまざまな決断プロセスに生成AIを応用することです。これもまだ稀な使い方ですが、戦略のメリットとデメリットを列挙する、資産の価値を予測する、さまざまなシナリオを作る、といった応用事例があります。

例えば、あるレンタカー会社であるC社は、所有している車の資産管理に生成AIを導入しようとしています。

生成AIの基盤モデルを応用し、保有している個々の車の資産価値をより精密かつ迅速に予測し、資産価値をより最適化できるようにする。例えば、ある車を売るべきか、違う地域に回すべきかといったベストアクションを適宜分析し、経営層の判断を支援します。

基盤モデルが言語を巧みに扱うことは周知の事実です。一方で、定量的な予測においても、既存の予測モデルより得意な場合があるという事実は、あまりよく知られていません。

4. プロセスの自動化をさらに進める

4つ目は、さらなるプロセスの自動化です。

今までの自動化をさらに改善、またはグレードアップする事例が多い一方で、従来のAIの制限により未着手だった領域に広げる取り組みもあります。

特に、言語を巧みに扱える生成AIの特徴を活かし、今まで苦戦していた分野に切り込む動きが目立ちます。例えば、製薬会社が規制当局に申請する書類の自動作成は、注目を集めている有望分野の一つです。

自動化は10年以上前から話題になっていますが、生成AIを使うことにより、かつては見込めなかった成果を手に入れられる可能性が出てきたことが、とても新鮮に感じられます。

次の事例は手前味噌に聞こえるかもしれませんが、私が今勤めているIBMの事例がとても相応しいと思います。

IBM社内では、人事プロセスの高度な自動化と、チャット形式でのやりとりを導入しました。80以上の人事プロセスを自動化し、15以上の言語に対応しています。

人事異動、自分の人事情報の変更など、かつては人事の人に頼んだり、使い慣れていない人事システムを操作したりして、かなり手間がかかっていました。

今はAskHRというチャットボットがあり、自分が実現したいことを書けば、ほとんどのことを自動的に実現できます。経営層や管理職の9割以上が愛用しています。依頼される仕事の9割以上が自動化され、ノータッチで実行できます。生産性は75%以上向上しました。

社員やマネージャーが使い慣れていない人事システムを直接操作しなくなったことも、かなり大きい副次的な効果です。人事システムの会社は大変かもしれませんが、多くの企業で、社員とのインターフェースがチャット形式になると、人事システムへの依存度が下がる効果も期待できます。

5. コンテンツとソフトウェアのコードを自動的に作成する

最後に5つ目は、コンテンツとソフトウェアのコードを自動的に作成することです。

マーケティングの細分化に伴って、個人によりテーラーメードされた宣伝やコンテンツを自動的に作ることができます。また、ソフトウェア開発の自動化により、生産性を抜本的に改善することもできます。

最後に紹介したい事例もIBMの事例です。

IBMは長い間、スポーツを支援してきました。テニスとゴルフにも、最先端の生成AIの取り組みを導入しています。日本の社会人はゴルフが大好きとよく言われるので、ゴルフの事例が響くと嬉しいです。

ゴルフのMasters大会で、以前IBMはかなり評判の良いアプリを作りました。このアプリを使えば、好きなプレーヤーのゴルフショットを自由に見ることができ、ショットの細かい分析やプレーヤーの勝利予測など、AIが豊富な情報を観客に届けます。

2023年のMastersではさらにグレードアップし、各ゴルフショットの映像に対して、自動的に音声の解説をほぼリアルタイムで作成しました。かなりの難題でしたが、ゴルフ用語に特化したLLMを作ることによって、無事に解くことができました。

生成AIのスケーラビリティはなぜ難しいか?

多くの会社が生成AIの取り組みを拡大しようとする時に、5つのチャレンジを乗り越えなければなりません。

1つ目は、プライバシーと著作権のリスクを正しく把握したうえで、しかるべき措置を導入する必要があることです。

2つ目は、生成AIのhallucination、つまり幻覚の問題を最小限に抑える必要があることです。そのためには、さまざまな打ち手を導入しなければなりません。例えば、トレーニングデータを綺麗にする、RAG、つまり知識参照の方法を導入してERPなどの基幹システムから正しい情報を取りに行かせる、モデルのfine-tuning、つまり微調整をする、といった方法により誤差を最小限に抑えます。

3つ目は、人員のスキルの確保です。これは従来のDXでも非常に悩ましい問題ですが、生成AIの分野ではなおさらです。必要な量と質の人材を獲得することは非常に難しい。

この問題はすぐには解決できないと思いますが、エコシステムを利用する、大学とより太いパイプを作る、業者を使うなど、多くの打ち手があります。ただし、業者を使う時には丸投げのような外注はお勧めしません。いわゆるハイブリッド・ソーシング・モデルを利用することによって、社内の組織とスキルの向上を活性化できます。

4つ目は、リソースの効率化です。市販の有名なLLMはかなり巨大であり、作る時の学習だけでなく、利用する時の推論にも大量のエネルギーを使います。

人員は適材適所とよく言われますが、生成AIにも同じことが言えます。例えば、オープンソースのモデルと市販のモデルの環境負荷を比較すると、重いLLMの1回の利用の環境負荷は、500ミリリットルのペットボトルの水を作る時のリソースに匹敵します。一方、軽いオープンソースモデルの1回の利用の環境負荷を計算すると、数十ミリリットル程度の水を作る時のリソース量に過ぎません。

雲泥の差であり、環境への負荷だけでなく、1回の利用料も2桁から3桁違うので、生成AIの採算にも大きく影響します。

最後に、ロックインを恐れる会社が多いことです。生成AIの市場はまだ未成熟であり、今は試行錯誤しながら、学びのサイクルをいかに早く回すかが重要です。市販のクローズドモデルだけに頼りすぎると、学びの量とスピードが少なくなり、長い目で見れば不利になってしまいます。

生成AIのスケーラビリティの難題をどう克服できるか?

上記のスケーラビリティのチャレンジを乗り越えるためには、4つの対策を導入する必要があります。

まず、生成AIがオープンであれば、ロックインがなく、生成AIの分野で適材適所を実現できます。逆に言えば、クローズドだけに頼る戦略は、コスト面やリソース面など、さまざまな領域で不利になります。

2つ目は、実現したい価値を明確な対象として定め、それに最適なAIを構築することです。価値に貢献しないAIは継続すべきではありません。面白いから、できるから、といった軽い動機や目的でAIを導入する取り組みは、ほとんどPOC祭りに終わってしまいます。

3つ目は、社内外に信頼できるAIでなければ元も子もないということです。最近、AI規制が増えており、信頼できるものでなければ、法律遵守上の問題を起こす時代になります。信頼の要因として、セキュリティ、データ保護、透明性、倫理、規制当局への対応など、多くの課題が複雑に絡み合います。適切なガバナンスの重要性は増す一方です。

最後に、市販のモデルを消費するだけでは限界があります。Creatorになり、もっと自由自在にAIを会社の原動力に据える必要があります。

最後に

この間、いいことを言われました。

技術が自分の問題を解決してくれると思っている人は、技術のことをちゃんと理解していないし、自分の問題でさえもちゃんと理解していない。

生成AIも同じだと思います。

確かに、AIは魔法に似ている時もありますが、魔法ではありません。下手に導入すると、問題が炎上してしまう場合もあります。

成功を実現するためには、まずAIに直接触り、チームに学習させる必要があります。組織と従業員に寄り添って、無理なく導入することも大事です。データとガバナンスはAIの土台となるので、しっかり作らなければなりません。

信頼を醸成するのは息の長い活動であり、その覚悟のうえで取り組むべきです。そして最後に、思い切ってスピーディに動く必要もあります。ただし、常にリスクを意識しながら、動いている速度と負っているリスクとのバランスをうまく調整しなければなりません。